大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮家庭裁判所 平成7年(家)153号 審判

申立人 中山麻里子

主文

申立人の氏「中山」を「三田村」に変更することを許可する。

理由

第一申立ての趣旨及び実情

申立人は、主文同旨の審判を求めた。その実情の要旨は、申立人は中山透と婚姻の際、申立人の婚姻前の氏「三田村」を称したが、夫の要望により「中山」に氏の変更をした。しかし平成6年8月に離婚したので、変更前の氏「三田村」に戻りたい、というものである。

第二当裁判所の判断

1  本件記録中の資料及び申立人の審問の結果(以下資料等という)によれば、次のことが認められる。

(1)  申立人は、平成3年7月7日、中山透(以下透という)と妻の氏である「三田村」を称する婚姻をした。しかしその直後から夫の透は妻の氏を称することに反対し、「中山」姓にすることを主張した。透の強い要望により、申立人も氏を「中山」に変更することに同意し、山形家庭裁判所米沢支部に氏の変更の申立てをした。その結果、同年9月6日に申立人らの氏「三田村」を「中山」に変更することを許可する旨の審判が出された。

(2)  平成4年5月3日には長男が出生したが、透の借金問題に起因する幾多のトラブルにより、平成6年8月24日に申立人と透は協議離婚をした。

2  上記事実によれば、申立人は婚姻により氏を改めた者ではないから、民法上の氏は婚姻の前後を通じて「三田村」であり、山形家裁米沢支部での氏の変更を認める審判により、その民法上の氏の呼称が「中山」に変更されたにすぎない(呼称上の氏)。したがって、離婚により復氏することはなく、「三田村」を称したければ、再び呼称上の氏の変更をするほかない。そうすると氏を変更するにつき「やむを得ない事由」の有無が問題となる。そこで次にこれを検討する。

3  資料等によれば、次の事実が認められる。

(1)  申立人は、中学生の頃から結婚しても氏を変えず「三田村」を称したいと思っており、「三田村」を称することが婚姻の条件でもあった。

それ故中山透とも妻の氏を称する婚姻をした。透は妻の氏を称することに反対であったが、申立人の「三田村」姓でなければ婚姻の届出に応じないという強い主張及び感情的な態度に屈し、不承不承申立人の自由に委ねると述べ、申立人が妻の氏「三田村」を称する婚姻の届出をしたのであった。

(2)  しかし透の住居地においては、夫が妻の氏を称することは、一般に、いわゆる婿養子となることを意味するものであったので、透は上記届出をしたことを後悔し、両親にもそのことを話せないままでいた。そして届出の数日後に、申立人に対し再度の協議を申し入れ、事情を説明したところ、申立人も、透の親子関係、勤務先及び近隣における対面等を考え、「中山」を称することに同意し、婚姻届を出した約一月後の平成3年8月13日に、氏の変更の申立てをした。そして前記のとおり同年9月6日に許可された。

(3)  当時透は山形県米沢市に、申立人は勤務の都合で神奈川県相模原市に、それぞれ居住し、二人が同居していなかったこともあって、氏の変更に消極的であった申立人は、審判に基づく氏の変更の届出をためらっていた。しかしその頃申立人の妊娠がわかり、ようやく平成3年10月16日に申立人は変更の届出をした。変更後も、勤務先ではずっと「三田村」姓を称していた。

(4)  申立人は、妊娠したことから、平成4年2月23日に鹿沼市の実家に移り、同年5月3日に長男大造を出産した。そして翌6月の23日に米沢と鹿沼の中間地である福島で、ようやく透と同居を始めた。しかし同居開始後すぐに透が申立人に隠していた事実が次々と明らかになり、嫌気がさした申立人は同月29日に長男を連れて鹿沼の実家に戻ってしまった。その後透との話し合いはあったものの、結局、平成6年8月24日に協議離婚した。

現在、申立人は、鹿沼の実家で母や兄と生活をしており、日常生活では「三田村」姓を通称として使用している。公的な場面ではやむをえず「中山」を用いているが、実際の生活において「中山」を使用したことはほとんどない。

(5)  申立人は、離婚後直ちに氏を変更したかったが、長男の面接交渉や養育費のことで透と話し合うため、申立てを控えていた。しかし今は透と連絡も取れない状態になっている。

4  夫婦別姓を認めていない現在の法制では、夫婦同氏でなければ婚姻できないため、夫と妻がそれぞれの氏を称することを強く主張した場合には、不承不承でも一方が他方の氏を称することに同意して婚姻することになる。しかし婚姻はしたものの、そのことに対する不満は解消されず、婚姻届を出した後でもなお、自己の称した氏に変更することを相手に求めることは、男女を問わず見られるところである。「氏」に対する考え方は多様であり、その当否は別として、かかる心情も理解できないわけではない。

このような場合、一旦離婚し(いわゆるペーパー離婚)、改めて婚姻して相手方の氏を称するという方法をとる者もあるが、かかる手続をよしとしない者もあろう。そこで本件のように、呼称上の氏を変更することによって、目的を達することがある。将来離婚することを予想して婚姻する者は稀であろうから、ひとまずはこれで解決するが、この方法によった場合には、離婚しても、呼称上の氏を変更した者は、復氏することはないという不都合がある。このような法制度から来る不都合は一般人には理解し難いところであろう。

本件を見た場合、申立人は既に一度氏の変更をしているものであるが、これは双方が婚姻時に自己の氏を称することを主張していたため、婚姻生活を円満にすべく、やむなく変更に同意したものであること、その際には氏の変更のもつ法的な効果を知らずに同意したこと、透との婚姻時に夫の氏を称する婚姻をしていれば、離婚により当然に「三田村」に復氏できたこと、「中山」に呼称を変更して以降現実に「中山」を称したことはほとんどなく、実生活においては「三田村」を称していたこと、今後も「中山」を称する必要はないこと、等々の事情が認められる。

これらを考慮すると、この度「中山」を「三田村」に変更するにつき、やむを得ない事由があるものというべきである。

よって申立てを相当と認め、主文のとおり審判する。

(家事審判官 島田充子)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例